戯言

何もしたくない
何もしたくないな
楽しそうなものも見当たらないし
腹も空かないし
息をするだけで精一杯だ

今すぐ攫われたい
今すぐ攫われたいな
この街には飽きたし
人と話すのはうんざりだし
愛想笑いするだけで精一杯だ

どうしてあの時
無理矢理にこの手を引いてくれなかったのかとか
そんなこと考えて君を責める
君にそんなことをする義務はないのに

もう一度会いたい
もう一度会いたいな
最後に交わしたキスが忘れられないし
君が僕を肯定してくれたら
それで何もかも解決する気がするのにな

一日を生きていくだけでもうヘトヘトなんだ
黙って頭を撫でてくれよ
優しい声で大丈夫だと言ってくれよ
君のいない生活は目も当てられない程みっともない
明日が来ることに希望も何もないから
今日一日をどうにか凌ぐんだ

楽しそうなものも見当たらないし
腹も空かないし
息をするだけで精一杯

精一杯なんだよ

生きていくもの

信じることに怯えてきた彼女は

いつだって無責任で

すぐに諦めては線を引く

 

しかしそんな彼女が

ある日守るべきものを見つけてしまった

 


それは彼女の命と言ってもいい

大切な 大切な宝物

 


守れる者は彼女しかいなかった

彼女は戸惑い慌てふためく

どうすればいい

何をしてやればいい

守るとは何か

 


立ち尽くす彼女の横で

腰の曲がった老婆が立ち止まり言った

 


「守るというのは信じることだ」と

「身体だけでなく、心を守りなさい」と

 


彼女は目に涙を貯めたまま

老婆の言葉に一先ず頷いた

 


けれども

信じることから逃げてきた彼女に

老婆の言葉は重く

彼女は恐ろしくなってまた

線を引こうとした

 


その時だった

彼女の手のひらの中にある宝物は

急に熱を帯び 淡く柔く光った

 


彼女ははっとする

逃げてはいけないと

彼女の耳元でサイレンが鳴る

それはスタートの合図にも似て

 

 

 

誰か歌って

赤い赤い太陽見たの。あの子に誘われビルの屋上。ねえねえ聞いて。私見た。真っ赤な太陽この眼で見たの。沈まないで欲しかったのに、それでも沈んでいったから、太陽はきっとホントは冷たいって言った。そうしたらあの子が言ったの大丈夫だよって。だから私は大丈夫。あの子がいるなら大丈夫。そう思って笑ってた。それも束の間あの子がいない。あの子がいない。あの子がいない。あの子はどこかへ消えちゃった。太陽みたいに沈んでいった。結局あの子もおんなじだった。太陽みたいに冷たかったの。

夏はなぜあつい

何もかもが熱を帯びているようで私はうんざりする。ジャージ姿の学生も、ショートパンツの女の子も、父の部屋にあるスポーツ紙の見出しも、うだって伏せたままでいる向かいの犬も、みんなみんな。

夏は嫌いだった。夏の持つ無神経さが特に嫌いだった。私まで前ならえを強いられているような気分がする。はしゃげ笑えと指示されているような感じがする。だから私は毎年それらに抵抗するのに精を出さなきゃならない。それは苦痛だった。

 

部屋の外に蜃気楼が見える。ああもう、と声に出して私は項垂れる。外に出たくなかった。しかしそれはもう随分前の夏からだった。夏は嫌いだ。夏の持つ無神経さが、その無神経さが、私に思い出させる。不躾にあの日の夏を投げつけてくる。

 

私は夏が嫌いだ。

 

少女はいつまで夢を見る

夏の暑さに顔をしかめながら睨んだ太陽は眩しすぎて熱い。少しも似合っていないと思う制服の、スカートの裾を揺らしながら向かう先は夜の繁華街で、人の波に紛れて自分を忘れそうになった。雑音をシャットアウトする大音量の音楽だけが心震わす。独りは寂しくて自由だから、私はこのまま独りきりで生きていきたいと思う。誰にも惑わされず、誰の目も気にせず、生きていきたい。けれどそんな生き方をするには私はまだ子どもで、そのことがあまりにも歯痒くて、今日も宛てなく街をさ迷うだけだった。

重なるセンチメンタル

煙草が二本、三本と減っていく夕方。煙が時々目にしみた。このまま泣いてしまえたらいいのにと思う。泣いて泣いて目を腫らして、軽くなった身体で外を歩きたい。もうどれくらい泣いていないだろう。大人になると泣き方を忘れてしまうのかもしれない。だから大人になってしまった私は、きっと忘れてしまったのだ。泣くということを。


真っ赤な夕日がカーテンの隙間から射し込んで、少しセンチメンタルになる。一人は気楽だけれど、独りは寂しくて、私はベッドに横になる。見上げた天井の模様を指でなぞる。物言わぬものたちに囲まれて、人間は私一人で、この部屋は寂しさでいっぱいだった。


夕日の寿命は短くて、すぐに夜がやってくる。月がくっきりと見えるようになった深夜、私はそっとカーテンの向こう側を覗いて見た。街灯のあかりがアスファルトを照らしているだけで、人っ子一人いないアパートの前。今なら許されるかもしれないと、私は深く息を吸いこんで、何でもいい何かを叫ぼうとしてみた。けれど私の口からは、長い溜息しか出てこなかった。

 

数えだしたらキリがない、失ったものたちのことを、私はその晩、一人で想った。

ワンシーン

梅雨が明けようとするころ、庭の紫陽花が朽ちた。茶色く濁った花弁が何故だか可哀想で、私はしゃがみ込みそっとその濁りを撫でる。紫陽花は何も言わず風に揺れた。私も何も言わず立ち上がる。部屋に戻ろう。そう思って一歩踏み出した時、ポツポツと雨が降り出した。淀んだ雲から落ちてきた透明な水が、頬を伝う。


いつだったか、雨は汚いんだと言った人がいた。だから飲んだりしてはいけないよと言っていた。こんなに透き通っているのに、と私は思う。私は空に向かって顔を上げて、口を開いた。何滴かの雨雫が舌を伝う。私はそれを飲み込んだ。

雨は、ほんの少しだけ甘かった。