ある日の女

寂れたラブホテルで、私は恋人をどれだけ愛しているのかについて手帳にしたためていた。ベッドの中ですやすやと心地好さそうな寝息を立てて眠る彼の横顔を見ながら、こんなにも愛おしい人はいないと思う。永遠にこの夜が続けばいいと願う。朝は嫌いだ。朝は私にとって絶望に近い存在だ。恋人には妻子がいる。朝が来ると恋人は妻子の元へと帰ってしまう。私は一人でアパートへ帰る。アパートの中には寂しさと虚しさが充満していて、私は泣きそうになるのをぐっとこらえなければならない。

私が恋人と出会ったのは、勤めている会社の喫煙所だった。初めて彼を見た時、左手の薬指にひっそりと収まっていた指輪に私は何故か心惹かれた。理由は分からなかった。ただその指輪が、まるで私を誘っているような感覚があった。
何度か顔を合わせるうちに私たちは他愛もない会話をするようになり、必然だったかのように体を重ねる関係になった。初めての夜、彼は私に「君のような女は初めてだ。」と、柔らかな笑顔で言った。こんなにも優しく笑う人が妻や子どもを置いて私と濃密なキスを交わしたのか。そう思い、私は更に彼に惹かれた。罪悪感など無かった。むしろ恍惚の感覚だけがあった。

それでも、彼との逢瀬を重ねるうちに恍惚の感覚は薄れていった。その代わりに、彼と出会うまでにはなかった虚しさと寂しさが襲い来るようになった。そろそろ潮時だと私の中の誰かが言っていた。けれど、愛してしまった。こうなったらもう、どうにもならない。どうにもならないのだ。

朝が来る頃、私は彼への愛をしたためた手帳を閉じ、彼の隣に横たわった。今日もまた私は一人の部屋で涙をこらえるだろう。彼は笑顔で子供を抱き上げ妻とキスをするだろう。それでも良い、この時間があり続けるなら、どんなことにも耐えよう。
私は目を瞑り、彼の手をそっと握った。