人形劇

母の言葉を疑い始めてから三年、私は未だ母のお人形さんでいた。母の愛情というものに疑問を抱いたからこそ、お人形さんでいなくなるのが怖かったのだ。私はもう高校二年になり、同級生たちが各々好きなものに手を出したりするのを見ながら、私は私の好きなものがなんなのか、分からなくなっていた。

 

数えれば長い時間。私は自分の意思で何かを選んだことがない。意思を持たない人形に、本当になってしまったのかも知れなかった。けれどそれは私と母を繋ぐ唯一のものでもある。私が私の意思で生きると伝えたら、母はどうするのだろう。激怒するのか、私を捨てるのか、どうなるにせよ私と母の関係は破綻する予感がしていた。

 

そんな頃、嵐は突然やってきた。
「……こんにちは。」
いつも通り帰宅すると、玄関先には見知らぬ小さな子どもが立っていて、私に向かい静かにお辞儀をした。女の子だった。色が白く、か細い身体は、幼い頃の私とよく似ている。女の子のそばには母が立っていた。
「可愛いでしょう。」
母はそう言って笑う。私の頭は混乱していた。
「この子は誰?」
私たち親子に親戚はいない。言葉にならない騒めきが胸をかすめた。
「今日からこの家で暮らすの。ね?」
女の子は俯いたまま返事をしない。
「どういうこと?」
「養子をとったのよ。」
「養子?」
母は頷き、可愛いでしょう?とまた言った。
「部屋に入りましょう。ここは寒いわ。」
私たちは部屋に入り、リビングの椅子に腰をかけた。私の目の前に座った女の子は、まだ俯いている。
「名前は何がいいかしら。」
母は浮かれていた。混乱している私は置いてけぼりで、俯く女の子もまた置いてけぼりだった。
「夏子、なんてどう?この子、夏生まれなのよ。」
私たちは返事ができなかった。
「二人とも、どうしたの?」
母は本当に分からないといった様子で尋ねる。
「……どういうことなの?」
私は勇気を振り絞って聞き返す。嫌な予感が私の中で渦を巻いていた。
「貴女たちは今日から姉妹になるのよ。」
「そういうことじゃなくて、」
そういうことじゃなくて、の先が出てこなかった。聞いてしまうのが何故かとても怖かった。
「貴女はもうすぐ大人になるわ。だから新しいお人形さんを迎えたの。」
一番聞きたくなかった言葉が、母の口から私の耳に突き刺さった。私は慌てた。
「ちょっと待って!私まだお母さんのお人形さんでいるよ!この先もずっとお母さんのお人形さんでいられるよ!」
「貴女はもう私のお人形じゃないわ。」
母はピシャリとそう言った。
「これからはこの子が私の可愛いお人形さんよ。」
俯く女の子の肩に手をかけ、母は笑う。私は堪らなくなって、席を立ち部屋に駆け込んだ。

 

続く