人形劇

母が私を初めてお人形さんと言ったのは、私がまだ5歳くらいのころだった。母はとても優しい笑顔でこう言ったのを覚えている。
「貴女は私の一番大好きな可愛いお人形さんなの。」
私はその時単純に、母は私のことが大好きなのだと思っていた。私が生まれてすぐ亡くなった父の分まで、母は私を愛してくれているのだと信じていた。

しかしそんな母に違和感を覚えたのは、私が小学校を卒業する頃だった。毎日母の選んだ服を着て、毎日母に髪を結わいてもらっていた私が、自分で服を選びたいと言った時のことだ。
「駄目よ。」
その時の母はとても怖い顔をしていた。
「貴女は私のお人形なの。貴女は私のものなのよ。だから私の言うことだけを聞いていればいいの。」
私の肩を掴み、目を見開いてそう言った母の顔は、子供の私にもわかるほど何か狂気的だった。
私はそれ以来、ずっと母のお人形さんであり続けた。もうあんな怖い顔は見たくなかったのだ。

それでも私は、母の愛情というものに常に違和感を感じていた。もしかすると母は、私を愛してなどいないのかも知れない。お人形さんでいなければ、嫌われてしまうのかも知れない。そんな不安が、私に付きまとっていた。

私はある日、とりわけ仲の良い友人に、尋ねてみたことがあった。
「洋子のお母さんは、洋子のことをお人形さんって呼ぶ?」
洋子は首を振る。私は続けた。
「私、お母さんのお人形さんなんだって言われたの。」
洋子は驚いた顔をしてみせ、そんなことはあり得ないと否定した。
「子どもだって人間なんだよ。親の物なんかじゃないんだよ。」
衝撃的だった。私はずっと、自分は母のお人形さんで、母のものでなければならないと思っていたから。けれど洋子の言った、子どもは親の物じゃないと言う台詞が、頭にこびりついて離れなくなった。私は母の【物】なのかも知れない。私はもしかすると、私自身が愛されているのではなく、私が母の【物】であるから、大切にされているだけなのかも知れない。

そんな風に考えてみてからというもの、私は常に母の言葉を疑うようになってしまった。


続く