人形劇 終焉

帰宅した私は、けれど玄関の前で立ち尽くしていた。目の前のドアを開ける勇気がなかったのだ。
ドクドクと音を立てる心臓に耐えきれず、私は一度最寄り駅まで引き返した。途中コンビニエンスストアに寄り温かい飲み物を買った。ただそれだけのことなのに、何故か今の私にはそれがとても大きなことのように思えた。ホットココアを一口、二口と飲み込んでいく。喉を温かいものが通る感覚。生きている感覚。私はその感覚に居心地の悪さを感じた。

 

最寄り駅の改札前、古びたベンチに腰掛け、脈を打っていた心臓が静かになっていくのを感じながら、私は空を見上げた。三日月が煌々と輝いている。こんなにも広い空で一人ぼっちの三日月は、その存在を主張するようにそこにあった。

私には、自分の存在を主張する術が無い。今更「お人形さん」でなくなっても、これが自由なのだとしても、私には扱うことのできないものだった。
いつの間にか、私は私の存在意義さえ見失ってしまったようだった。母の可愛いお人形さんという唯一の存在意義が消えてしまった今、私には生きていくことさえ難しいものに思えた。
母の優しい笑顔が浮かぶ。しかしもう元には戻れないことを悟る。私は、一人ぼっちになってしまったのだ。

 

これから私はどうすればいいのだろう。一人で生きていくなんて、こんなに恐ろしいことがあるだろうか。私は絶望してしまった。そして飲みかけのホットココアをゴミ箱に放り込み、一番安い切符を買ってホームに出た。母が私を必要としていないのなら、他に誰が私を必要としているだろう。考えてみても、誰一人思い浮かばなかった。

 

踏切の閉まる音がして、私はやってきた電車に目をやる。もう何もかもが終わってしまった。残されたのはこの身一つで、しかしこの身体も最早愛されない。いや、元々愛されてなどいなかった。

 

間も無く電車が到着します、というアナウンスを合図に、私は一歩前へ出る。まさに人形劇の終焉。私は倒れ込むように、線路に向かって身を投げた。

 

終わり