同じだけの愛

恋人は、私にはもったいないくらいよくできた人間だった。何より、私のことを愛してくれているのがよく分かる。しかし私は、同じだけの愛をもって彼に接することが出来なかった。それはどうすれば彼と同じだけの熱量で彼を大切に扱えるのか、愛とはなんなのか、分からないでいたからだった。こんなことを考えている時、私は決まって彼に嫉妬した。嫉妬して、そして羨ましさが反転して憎らしくなる。あなたがもっといいかげんな男だったら、私は悩まずに済んだのに、とさえ思う。

 

恋人は、私に一度も、自分を好きか、愛しているのか、聞いてきたことがない。理由は簡単だった。彼にはお見通しなのだ。私の頭の中が。しかし私はそこで更に疑問を抱く。分かっていて尚、彼はどうやって私を愛しているのか。いつも変わらず大切にしてくれるのか。

 

私は彼に直接聞いてみることにした。一人で悩んでいても、答えは出なかったからだ。
「ねえ、少し真面目な話をしましょうよ。」
帰宅した彼にそういって、私たちはソファーに並んで座った。
「どんな話?」
「愛について。」
「愛?」
「そうよ。ねえどうしてあなたは私を愛せるの?愛するってどういうことなの?」
彼はしばらく黙り込んだ。私はじっと待った。
「僕が君を愛せるのは君を愛しているからだよ。愛するっていうのは、本能にほぼ近いんだ。」
彼は慎重にそう言って、私の目を見る。本能という言葉が引っかかった。
「その本能は、誰にでもあるの?」
「あるさ。」
「私にもある?」
彼は笑顔で頷いた。その笑顔がなぜか無性に腹立たしくて、私は言った。
「私、時々どうしようなくあなたの事が憎くなる。」
「何故?」
恋人は相変わらず優しい顔で私の話を聞いている。私は眉間に皺を寄せぶつけるように言葉を投げた。
「だってあなた、私にできないことを簡単にやれるんだもの。私はあなたみたいにあなたを愛せない。あなたを大切に思えない。そんなことあなたはお見通しなのに、それでも変わらないことが、腹立たしくて仕方ないの。」
恋人はそうか、と一言いって頷いた。
「そうよ。私はあなたが憎らしい。」
「僕は、充分に愛されていると思うけどな。」
嘘はやめて、と私が言うと、恋人は首を横に振った。
「嘘じゃないさ。そうして僕を思って悩むことも、愛だと思うんだ。」
「けれどあなたは悩まないでしょう?」
「愛は本能に近いと言っただろう。本能の形なんて様々じゃないか。ただ君と僕の形が違うだけのことさ。」
そう簡単に言ってのけた恋人は続ける。
「君には君の形があるんだよ。僕は知ってる。だから僕は僕の本能のままに君を変わらず愛せるんだ。」

 

私は、そうだとしたら彼と同じように彼を愛するなんてことは、一生無理な話だと思った。彼の言う通りなら、私の本能とやらは彼よりずっと歪で、複雑に出来ているのかもしれない。だって今こうして話をしていても、結局私の疑問はすっきり晴れてはくれないのだから。

 

しかし私はもう、悩むことをやめた。仕方がないことなのだろうと、私は自分で自分を納得させた。

 

そして、彼を無理に愛そうとするのをやめた。
身体が幾分、軽くなったような気がした。