宛名のない遺書

14歳になった夏の日の夜。風がごうごうと窓の外で音を立てるのを聞きながら、私は誰に宛てるつもりもない遺言を書いていた。死ぬつもりだったわけじゃない。けれどいつまで生きているかも分からない。そんな風に思ってペンをとった。

 

私は便箋を前にして、思うがままに文字を連ねていった。誰に宛てるつもりもないと言った通り、私はそこに感謝や願いなどは書かなかった。ただ、私がいたということについて書き続けた。好きなもの嫌いなもの、嬉しかったこと、悲しかったこと。しかしそこまで書いて、私の手は止まってしまった。

 

私は遺言を読み直し、そこに違和感を感じた。これらが私がいたことを証明するものになるのだろうか。私は首を傾げる。私とはなんだろう。私だけにしかないものなどあるのだろうか。疑問は次々と湧いて来た。

 

私はペンを置く。14年間を生きてきた私は、私にしかないものについて初めて興味を持った。私にしかないものを手にしようなんて、考えたこともなかった。けれど心の中では何故か、それがなければいけないような気がした。

 

そして私は、遺言を丸めて捨てた。私にはまだ、続きが書けない。そう思った。私はまだ生きていかなければいけない。そうして私にしかないものを見つけなければいけない。私にしかないものなんてあるのかも分からないけれど、どうしても見つけなければいけないと思った。

 

捨てた遺言は翌日の朝ゴミに出された。
次に私が遺言を書く時は、必ず私を証明しよう。
そう思って、私は制服に袖を通し、家を出た。