これを孤独と言うのなら

幼い頃から、私が泣こうが迷おうが悩もうが、助けてくれる人はいなかった。私は私自身でこの心を守ってやるしかないのだと理解した。母親も父親も私には「そこにいるだけ」の存在で、友人はマネキンと同等だった。恋人ができても、所詮おままごとの延長にいる人間としか思えなかった。

 

そんな期待も希望もない街を、私は17で出た。後ろ髪を引くものは一つもなかった。けれどやはり私はまだ子どもで、東京という場所に期待と希望を抱いていた。世の中には大勢の人間がいる。そんな大勢が集まる東京ならば、もしかして、と、どこかで思っていた。

 

東京という街は朝も昼も夜も明るく、生き抜く術が沢山あった。忙しなく賑やかな街々。私はここで生きていく。そしていつか、私の心を守ってくれる誰かに出逢うかもしれない。期待も希望も膨らんで、私は初めて生きていると思えた。

 

けれどそんな考えは甘かった。私が東京に出てきて三年が経とうとしていた頃、私は思い知った。友人はマネキンどころかその存在さえ怪しく、恋人たちはどの人間もおままごとすらままならない。東京も故郷と同じだった。いや、それ以上だ。何せ私はこの街に、期待と希望を連れてやってきたのだから。私は酷く裏切られた気持ちでいた。
しかしそれでも私は、強くあろうとした。どこへ行っても駄目ならばらやるべきことは同じだ。この東京という街でも、私は一人で生きてやる。
もう、そう覚悟するしかなかった。

 

覚悟を決めてから、私は、何のために故郷を捨てたのだろう、何が欲しくてこの街にやってきたのだろう、と考えるようになった。もう思い出せなかった。きっとあったはずの意味や願いはすっかり埃をかぶってしまっていた。

 

そんな日々の中のとある夜。私は一人でバーに立ち寄った。然程酒には強くなかったが、人のいる場所で酒が飲みたかった。家で一人飲む酒は余計なことを考えてしまってあまり美味しくないから。

しばらくして、私も程よく酔ってきた頃、私と同じように一人でバーの扉を開けて入ってきた女性が、私と一つ席を空けて座った。横顔からだけでも美しさの香る、魅力的な女性だった。
女性は常連なのかマスターと他愛ない世間話をしながら、強そうな酒を飲んでいる。
「それは困ったものですね。」
「ずっと一人で生きてきた、なんて言うのよ。決してそんなはずはないのに。」
私はつい聞き耳を立ててしまった。女性の言葉がまるで私を指しているような気がしたからだった。
「それは、可哀想な人ですね。」
マスターは言う。
「マスターは優しいのね。でもまるで誇るように言うのだもの。驚いたわ。」
「その男に、あなたは何と言ったんですか?」
女性はグラスに一口、口をつけてから言った。
「つまるところ、愛されたいのでしょう?って。」

私は何かを鷲掴みにされたような感覚を覚えて、急いで店を出た。走ってアパートに戻り、呼吸を整えながら考える。愛されたいなんて一度も思ったことはなかった。けれどこの締め付けられるような感覚は何なのだろう。私がしてきたことの全ては、愛されたいがためだったのだろうか。そんなことはないはずだった。一人で生きてやると強く覚悟した。確かに一人で生きてきたはずだった。他人が自分に何かしてくれるなんて、ましてや愛してくれるだなんて、絶対に起こり得ないことだと思ってきた。そして私はそれを受け入れたはずだ。だからこの生き方を選んだんだ。自分で選んだというのに!

 

深夜、私は眠ることができずにいた。
あのバーに居た女性が私に言う。

 

「つまるところ、愛されたいのでしょう?」

 

私は、一人ベッドの中で泣いていた。けれどもやはり、そんな私の心を守ってくれる誰かはいないままだった。