僕らの終わり

「もう終わりだね。」
何処からともなく聞こえてきた声に僕は振り返る。そこには誰もいなかった。確かに聞こえた声は、彼女の甘い声とよく似ていた。
僕らは今頃の、寒い寒い冬に出逢った。そうして秋が見える頃に別れた。僕には突然のことだった。僕らの関係に終わりが来るなんて、考えてもいなかったからだ。
うだるような暑い日、彼女は真っ白のワンピースを着ていた。よく似合うねと僕が言うと彼女は嬉しそうに笑って、くるりと回ってみせた。僕らは平和だった。どこかで不幸なニュースが流れていても、僕らだけは平和だった。僕はそれでいいと思っていたし、彼女もそう思っていると信じていた。けれど、それは僕の大きな勘違いだった。彼女の中には僕の知らない彼女がいた。そのことに気付いたのは、まさに秋の匂いが漂ってきた夏の終わりのことだった。

 

僕がアルバイトを終えて帰宅すると、彼女はベランダでぼんやり外を眺めていた。いつもならおかえりなさいと抱きしめてくれるのに、その日はまるで僕のことなど気にもとめていない様子で、僕は彼女にどうかしたのかと尋ねた。
「秋が来るね。」
彼女は僕の質問には答えずそう言って遠くを見ていた。
「行かなきゃ。」
「どこへ?」
「ここじゃないどこか。」
僕の胸は騒ついていた。何かとても嫌な予感がした。
「もう終わりだね。」
「何が終わりなの?」
「恋愛ごっこ。」
「ごっこ?」
「そう、私とあなたの恋愛ごっこ。」
恋愛ごっこという言葉に、僕は混乱した。少なくとも僕の中で彼女との日々は恋愛ごっこなるものではなかったから。
「二度目の冬が来る前に、さよならしなくちゃ。」
「どうして。」
「幸せなままで終わるため。」
僕は彼女の言葉一つ一つを理解しようとしたが、無理だった。ただこのままでは彼女を失ってしまうという焦りが僕の理性を奪っていった。
「終わる必要なんかないだろう?」
「終わらない関係なんてないよ。」
「僕らなら大丈夫さ!ずっと幸せでいられる!」
僕は声を大にして言った。
「ずっと幸せでいられるなんて、夢みたいなものだよ。だって私たちは他人なんだもの。」
彼女は僕をまっすぐ見てそう言った。永遠などないことは僕でも知っていた。それでも、それでも彼女とならうまくやって行けると思っていた。けれども彼女の瞳は「本気」で、僕は二の句が継げなかった。幸せなままで終われるのは君だけだと言ってやりたかった。僕は君がいるから幸せなのにと。

 

彼女は翌朝、僕のアパートを出て行った。別れ際、どうしても出ていくのかと尋ねたら、彼女は、「さようならだよ。」と言った。僕は、さようならとは言えなかった。そんな僕に彼女は言った。
「冬が来たら、私を思い出して。」
「どうして?」
「そうすれば私たちが確かに幸せだったことを、あなたも思い出せるから。」
僕は彼女の言葉をすんなり受け入れられるほどお人好しではなかった。けれど君は勝手だと言い放つこともできなかった。玄関のドアノブに手をかけた彼女が僕に向かって手を振る。黙ったまま、僕はそっと手を振った。

 

そうしてやってきた寒い寒い冬。
彼女の声やあの白いワンピースでくるりと回ってみせた姿が、僕の頭の中でループした。

 

彼女の言う通り、僕は確かに幸せだったことを、思い出していた。