身勝手な愛

もう二度と会えない君のことを想う。手を切ったのは私の方だというのに、夜が来ると決まって私は君を想う。なんて身勝手なことだろう。分かっていてもやめられないのは、何故だろう。どこで何をしているのだろうか、毎日のご飯は美味しいだろうか、隣にいてくれる優しい人はいるだろうか、生きて、いるだろうか。

 

鮮明に思い出せることは、日々少なくなっていた。君の身体の形や、好きだったもの、私の手を取った時の冷えた手のひら、声。ずっと覚えておきたいものばかりが薄れていく。私はたちまち怖くなる。もしもこのまま全て忘れてしまったら、君が私の中からいなくなったら、後ろで薄く光る過去も頼るものがない見えない未来も、全て失ってしまう気がした。それ程、今でも君は私が生きていくのに必要な存在だった。しかしこんな思いは、愛というにはおこがましい。けれど棄てるには大きすぎる。私などには到底扱いきれない気持ちだった。

 

愛していると囁きあった日もあった。けれどもそれは互いに信じようとしていただけで、本当は自分の都合の良さを隠そうとしていたのだと、今は思う。それでもあの頃燃やした情熱は、まだこの胸に残っていた。それに何と名前をつければ良いのかは、分からないまま。

 

徐ろに目を瞑り思い出したのは、匂い。
いつも、君の香りは煙草の匂いだった。
私はゆっくり深呼吸をする。
微かに、君の煙草の匂いが香った気がした。