土に還れば

私たちは毎日、その日の中で一番印象的だった話をしながら夕食を食べる。
「今日はどうだった?」
「昼に食べたオムライスがひどく不味かったな。」
彼は顔をしかめ首を横に振りながらそう言った。
「結花はどうだった?」
私はこの話が出来るのをずっと待っていたのと言って、丁寧に言葉を選びながら彼に話して聞かせた。
「小さい花の上で、蝶が死んでたよ。」
「どんな蝶?」
「黒と赤の羽を持った蝶。」
私はその蝶の羽がとても美しかったことをとくとくと説明した。そうしてそんな蝶が死んでしまっていたことを嘆いた。
「きっと、疲れたんだな。」
「何に?」
私が尋ねると、彼は言った。
「飛ぶことにだよ。」
「私たちが歩くのに疲れるように?」
「いや、少し違うな。」
彼はしばらく考えて、
「人間が生きることに疲れてしまうように、だ。」
と言った。私は納得した。きっとあの蝶には、美しすぎる羽が重たかったのだろうと思った。重い羽を必死ではたつかせ、やっと辿り着いた小さな花の上で疲れて眠るように、死んだのかもしれない。そう考えてみたら、あの蝶の死は嘆く必要のないものかもしれなかった。

 

「あとでその蝶を土に埋めてあげようか。」
彼は言った。
「まだ眠っているかな。」
「きっと。」

私たちは夕食を終えると、私の案内であの蝶の元へと向かった。蝶は、まだ小さな花の上にいた。
「本当に綺麗だ。」
彼は蝶の姿を見て言う。私たちは蝶の羽が崩れないようにそっと蝶を手に乗せ、蝶が最期を迎えた花と一緒に土に埋めた。
「もしかしたら、ここには新しい花が咲くかも知れないな。」
「どうして?」
「あんなに美しい蝶が土に還るんだ。今度はきっと花を咲かす。そう思わない?」
私は頷いた。
「あなたの言う通り、きっと綺麗な花だね。」
私たちはその場を後にした。

 

次の年、蝶を埋めた場所には、とても美しい花が咲いていた。