彼は全てにおいて、良くも悪くも若々しかった。間も無く四十になろうとしている私や夫とは大違いだった。その小麦色の肌はピンと張りが良く、私を抱きしめる時の力は強く逞しく、何処へ行くにもエネルギーがあり、何より時々姿を見せる葛藤や痛みが私には輝いて見えた。

 

私が彼に恋をしたのは去年の今頃、春が少し頭を出し始めた頃だった。同じ職場の後輩だった彼の指導係についた私は、彼と長い時間を過ごした。その中で色々な話をするうち、私は彼に惹かれていった。彼のエネルギーに魅力を感じた。相手にされないと思い込んでいた恋は望む形ではないにせよ、成就した。

 

それから私たちは時々体を重ねる関係になった。私に夫がいることを知りながら、彼は私を強く荒々しく、けれど優しく、抱いてくれた。夫には出来ないことだった。私はまだ自分が女であることを知り嬉しかった。そうして、まるで溺れるように、私は彼との情事にのめり込んでいった。

 

いつも帰りの遅い夫は、私が夫より先に帰宅していれば何の疑問も持たずにいてくれているようだった。そのことには安堵した。私は別に夫が嫌いなわけでも、別れたいと思っていたわけでもない。なので時々罪悪感に襲われたが、私は止まれなかった。むしろ、刺激的な日を過ごした日は夫との穏やかな時間が一番安心した。正直に言って、こんなにも満たされた生活はないと思っていた。

 

打つ気のなかった終止符を打ったのは、しかし私だった。きっかけは彼の葛藤だった。彼は、私が夫に隠れて自分との関係を続けていることに悩んでいた。自分を選んで欲しいと望んでいた。
私は彼の前で何度か夫の話をしたことがある。それが今でも思い出されて苦しいのだと、彼は言った。
「秘密の関係だっていいじゃない。魅力的よ。」
私はそう言って誤魔化そうとしたが、彼は揺れなかった。
「隠し事が出来ないのね。」
私が言うと、彼は少し怒った様子で、
「君じゃないか、隠し事が下手なのは。」
と言った。
「君を抱ける男がもう一人いるなんて話こそ、隠しておいて欲しかったよ。」
彼はそうして俯いた。私は不謹慎ながらもそんな台詞に喜びを感じていたが、ぼんやりと、潮時も感じていた。ひどく寂しい気持ちになったが、これ以上はもう、楽しめないと分かってしまった。

 

私たちは元の関係に戻ることにした。会社の上司と部下、という、つまらない関係に。彼は私と対する時、初めこそ苦しそうな顔をしていたが、徐々にそれも無くなっていった。

 

私は多少の退屈さを感じながら、いつもの日常へと、戻った。