一片

‪18の春、文筆家の男と出会った。‬‪男は27で、私とは大きな年の差があったが、私たちは何度か顔を合わせるうちに他愛ない会話を楽しみ、やがて親しくなった。彼の家へ遊びに出かけては、黙々と何かを書き続けている彼の後ろで本を読んだり、たまに珈琲を淹れ…

人形劇 終焉

帰宅した私は、けれど玄関の前で立ち尽くしていた。目の前のドアを開ける勇気がなかったのだ。ドクドクと音を立てる心臓に耐えきれず、私は一度最寄り駅まで引き返した。途中コンビニエンスストアに寄り温かい飲み物を買った。ただそれだけのことなのに、何…

人形劇

私は一晩中、泣きながら考えていた。この先どうすればいいのか、私は何をして生きていけばいいのか。新しいお人形さんは母と夕食をとり、母は今まで私にしてきたような甘い口調で新しいお人形さんに話しかけ続けていた。母は部屋に駆け込んだ私を追うことも…

人形劇

母の言葉を疑い始めてから三年、私は未だ母のお人形さんでいた。母の愛情というものに疑問を抱いたからこそ、お人形さんでいなくなるのが怖かったのだ。私はもう高校二年になり、同級生たちが各々好きなものに手を出したりするのを見ながら、私は私の好きな…

人形劇

母が私を初めてお人形さんと言ったのは、私がまだ5歳くらいのころだった。母はとても優しい笑顔でこう言ったのを覚えている。「貴女は私の一番大好きな可愛いお人形さんなの。」私はその時単純に、母は私のことが大好きなのだと思っていた。私が生まれてすぐ…

さようならの時

夜中のコンビニには退廃的な空気がある、と、彼女は言った。「タイハイテキ?」僕が聞き返すと、彼女は笑って、「分からなくていいことよ。」と言った。彼女はとても頭がいい。しかし、そのせいで病気になってしまったと、彼女は言っていた。 僕と彼女が出会…

例え明日が今日と変わらなくとも

独りきりの教室は、地獄よりも地獄だった。わいわいと騒ぐ同級生たちがいる教室の中で、私だけが取り残されている感覚。誰もが敵に見えてくる。誰かと喧嘩をしたわけでも、いじめられているわけでもない。ただ誰も、私におはようやまたねと声をかけてくれる…

山手線

春を控えた冬の終わりだった。新宿駅で同い年ほどの男に声をかけられ、食事をし、一晩を過ごして終わるはずだったそんな日のことだ。 「君はセックスをしたら恋人だと思う?」などと聞いてきた男に私はそんなの馬鹿な女の考えよと答えた。これは本心だった。…

無音の声

僕が彼女の裸体を愛でるのは、彼女を愛しているからではない。正確にいうのなら彼女の、その身体の骨格に恋をしているからだ。特に彼女の肩甲骨や背骨は美しく、触れると、ころころ音が立つような感触があった。そっと撫でれば、硬い骨が僕の手の中でそっと…

またね。

平穏な日々をぶち壊すような何かが欲しかった。とでも言えばいいだろうか。ほんの小さな遊び。愚かで艶めかしい戯れ。月に一度きりのささやかな幻。官能小説などでは到底敵わないようなリアル。様々な男との一晩は、とても刺激的で愉しかった。世の中には色…

東京ロマンス

夏祭りで掬った金魚が死んだ。ああ冬が来たのだと思った。悲しみも申し訳なさもなく、ただぼんやりそう思って、私は金魚鉢の中で浮いたままの真っ赤な金魚を見つめていた。翌朝、私は近くの空き地へ金魚を埋めた。この金魚はいつか土に還り花を咲かすかも知…

ある日の女

寂れたラブホテルで、私は恋人をどれだけ愛しているのかについて手帳にしたためていた。ベッドの中ですやすやと心地好さそうな寝息を立てて眠る彼の横顔を見ながら、こんなにも愛おしい人はいないと思う。永遠にこの夜が続けばいいと願う。朝は嫌いだ。朝は…

ある一日

窓の外はすっかり冬模様だった。寒々しい木々、静かな風、私には不釣り合いにも思えるベッドの中の温もり。私は煙草をふかしながら、ふと昔の恋人が私に言った台詞を思い出していた。「君は僕に何を期待している?」私はその時、何も、と答えた。翌日に恋人…

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東京では珍しく、その日は雪が降っていた。降りてくる雪は真っ白で美しいのに、下を向くと美しかったはずの雪が黒く汚れていて、それはまるで東京の街街を表しているようだった。木枯らしが吹き、私は身を縮める。横を通り過ぎていく人々も皆同じように身を…

下書き

緩んだ頭で街を徘徊する。今の僕ならどこへでもいける気がした。終電を乗り継ぎ知らない田舎街までやってきた。僕は歩き回る。東京にはそうない畦道を、やけに目立つコンビニの前を、照明の落ちそうな自販機の前を、どんどん進んだ。宛てもなく、ただただ歩…

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僕の今といえば、何もなかった。金も、恋人も、友人も家族も、守るものも、生きる意味も死ぬ意味も、何もなかった。何もないというのは怖いことだ。独りは恐い。独りは恐い。知っているのに僕は、独りであることをまるで選び取ってきたように生きてきた。誰…

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冬が来た。ベランダに出て煙草に火をつけ、煙を吐いたら、突然やって来た。やっと来てくれた、と私は安堵する。私は冬が来たら、空を飛ぶと決めていたから。 同棲していた男がある日突然消えたあの朝。その日は私の誕生日だった。テーブルの上には殴り書きさ…

いつも畳が見える。レースのカーテンが隅に括られてある窓、射し込む強烈な日射しが畳をジリジリ焼いていて、それをワタシはじっと睨んでる。畳の上では色んなことが起こる。悲しいこと嬉しいこと痛いこと苦しいこと愛、愛、愛、フレームアウトする画面、畳…